2021年12月4日土曜日

ハイブリッド戦争の時代(志田淳二郎著)

はじめに

昨今はハイブリッド戦争という言葉が、国際政治や安全保障の世界で頻繁に出現します。

しかし、この定義は定かではない部分があります。ハイブリッド戦争とは何なのか、特色はどこにあるのか、そして我が国日本がその戦争を生き残れるのか。そのことを考えるため、この分野で数少ない邦書を手に取りました。


あらすじ


ハイブリッド戦争とは何か


ハイブリッド戦争の概念自体は、2000年代から米海兵隊によって始まったそうです。
この時の定義では、国家主体・非国家主体が、通常兵力、非正規戦術、テロリスト、犯罪、秩序攪乱行為などの様々な形態に及ぶものとし、第二次レバノン戦争をプロトタイプとして挙げました。

本格的にハイブリッド戦争というものへの危機感が米国やNATO諸国で共有されるきっかけとなったのが2014年のウクライナ危機です。これらを契機とし、2016年に欧州委員会が出した定義は、「宣戦布告がなされる戦争の敷居よりも低い状態で、国家または非国家主体が、特定の目的を達成するために行う(中略)伝統的手法、あるいは外交・軍事・経済・技術など非伝統的手法との混合」となります。

ここでのポイントは「戦争の敷居よりも低い状態」であり、正規軍同士の戦争よりも前の段階で脅威となっていることにあると指摘し、単なるマルチドメイン作戦(電子戦、サイバー戦と通常兵力の結びつき)とは異なる概念だと筆者は指摘します。
これは、防衛白書において「ハイブリッド戦は軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法」として定義されており、「外形上、武力の行使と明確には認定しがたい手段をとることにより、軍の初動対応を遅らせるなど相手方の対応を困難なものにするとともに、自国の関与を否定するねらいがある」とも言及されています。

その上で、日本で発売されている廣瀬陽子氏の「ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略」は、このような先行研究に則ったものではないとして批判しています。


ロシアのクリミア併合作戦


本書ではロシア・支那のハイブリッド戦争について具体的な事例が挙げられています。
その中で、まずは現在のハイブリッド戦争という概念が確立する契機となった、2014年のクリミア併合作戦についてまとめてみます。

元々クリミア半島のあるウクライナは、ソ連からの独立後は中立という立場でしたが、2004年にオレンジ革命で新政権が発足するとNATOやEUへ接近していく形となり、ロシアとの関係は悪化していました。その後のヤヌコヴィッチ政権で対露関係を改善していたものの、この時にEUとの連合協定交渉を一時中止したこと契機に、EU派の市民による抗議デモがはじまります。これが警察との暴力衝突になり、極右やネオナチも現れ、過激化し、ヤヌコヴィッチ氏はロシアへ逃亡することになります。
契機となったEUとの交渉中止の背景には、ロシアの経済・サイバー・軍事の各方面からの圧力があったとします。

このようなクリミア危機の中、2014年2月27日、「リトル・グリーン・メン」という記章をつけず、覆面をし、迷彩柄の戦闘服に身を包んだ完全装備の集団が突如出現します。これは、地元の自警団を自称し、クリミア自治共和国の拠点を占拠しロシア国旗を掲げ、さらに空港や航空管制、放送局、通信ネットワークなどのインフラを制圧します。
ウクライナ政府は混乱し、ウクライナ軍は交戦命令を受けていないため、「リトル・グリーン・メン」とは交戦することはなかったそうです。

その後、3月1日は、クリミアのロシア系住民保護を名目に、ロシア軍をウクライナ領内に展開することをロシア上院が承認し、3月6日にはロシアの実効支配が強まる中、クリミア自治共和国がロシアへの編入を求める決議を採択しています。

この中でハイブリッド的手法を抜粋すると
  • ウクライナ経済はロシア依存度が高い。
  • エネルギー供給はロシアに偏っていた。
  • クリミア半島の分離主義者への資金援助。
  • ロシア国営メディアやSNSで、親露的言説・偽情報・反西欧感情を拡散。
  • ウクライナとNATO・EUの足並みを乱すための「歴史戦」
  • ウクライナ政府やメディアの方か、ポーランド・EU・NATOへのサイバー攻撃
などが挙げられます。

これ以降、米欧の安全保障専門家ではハイブリッド戦争への関心が急速に高まりました。
正体不明の「リトル・グリーン・メン」が突如出現し、領土一体性を侵害する行動取った場合に、集団的自衛権は発動されるのか。発動するとして、誰に対して発動するのかという点が大きな課題となるからです。
この後、ロシアは平時~グレーゾーンに対するハイブリッド戦争を中東欧に仕掛けていきます。


考察


本書を読めば、ハイブリッド戦争の問題点が「グレーゾーン」にあるということわかります。支那やロシアの様な、独裁的あるいは人治国家であれば、法的な妥当性や整合性を無視して、自国の利益に叶う行動を取ることが可能です。
しかし、民主主義国家は法に基づいて運用されているものであり、その法律が想定していなかったり、枠外にあったり、曖昧な部分について、対応が遅れてしまうことになります。

例えば、「歴史戦」のプロパガンダや偽情報の拡散により政府への信頼を、外国が意図的に行っているとしたら、これは非常に問題です。支那のような独裁国家であれば、簡単に遮断できますし、他国に対しては躊躇なく行うことができます。しかし、日本のような民主主義国家では表現の自由という大原則がある以上、根拠なく遮断することはできません。


つまり、民主主義国家は、構造的にハイブリッド戦争に弱いわけです。独裁国家が民主主義国家を弱体化させるために編み出した手法なので、当然かもしれませんが。

では、その上でどうやってハイブリッド戦争に対応していくのかということですが、これは特別なことはないのではないかということです。
本書で出てきたクリミア併合の特殊性としては、元々クリミア自体の歴史的な経緯やロシア系住民が住んでいたこと、民主主義国家における集団的防衛の枠組みから外れていたこと、ウクライナという国家自体が極めてロシア依存度が高いことなどが挙げられます。
これからわかることは、このような事態の逆を目指すことです。

つまり、
  • 自国で必要な軍事・情報収集・諜報・防諜・サイバーに関する能力を持つ。
  • 経済・エネルギー・食料等の外国依存度を下げ、アウタルキーを確立する。
  • 戦略的利益を共有する自由・民主主義陣営の各国と協力していく。
  • 不必要な外国人の流入を抑止する。
という点に尽きるのではないでしょうか。

自国の能力が低いことや他国との協力関係が不十分であることは、敵性国家からは「隙」と見なされる可能性が高く、ハイブリッド戦争を仕掛けるハードルが下がります。
また、自国の能力が低いことやアウタルキーを確立できず外国への依存度が高いほど、ハイブリッド戦争の成功率をあげると考えられます。

しかし、今の日本ではクリミアタイプのハイブリッド戦争が起こる可能性は低いと思います。
観光客やビジネスマンになりすまし入国させ、人数を集結させることは容易ですが、さすがに完全武装というのは日本では難しいでしょう。
ただ、国内に外国人を増やせば増やすほど、外国人が居ても違和感を感じなくなるため、外国人が集結し、騒擾を起こすというのは容易になります。過去に靖国神社で朝鮮人がトイレに爆発物を仕掛けた事件がありましたが、個人でこのくらい起こせるのならば、外国政府が組織的に行えば、かなりのダメージを与えることが可能ではないかと考えます。

今は武漢肺炎という大義名分があり、防疫を理由とした入国制限が容易になっている、ある意味ボーナスステージみたいな時期です。こういう時こそ、国内の外国人を減らす好機ではないと思うのですが、どうでしょう。


もう一つ考えられる対策としては国民の側が、ハイブリッド戦争という存在・内容を知っておくことです。
旧来の通常戦争や国家間の安全保障では、一般の国民についてはあまり関係ないことが多かったと思います。
グローバリゼーションの進行で地経学とか経済安全保障といったものが出現しました。経済という一般国民の日常の営みの中に外国の魔の手が及ぶようになったのです。

同様にハイブリッド戦争にも、経済安全保障の概念は関わりますし、プロパガンダ・フェイクニュースといった手法は、大衆をターゲットとするわけですから、直接的に人命を脅かされるものではないとはいえ、国民一人一人が攻撃対象とされているという意識を持つべきであると言わざるを得ないわけです。

そして民主主義国家は、選挙で政治家を選んだり、退場させることが可能です。だからこそ、ハイブリッド戦争や経済安全保障といった最新の安全保障に対応できない者は退場させるという自浄作用を働かせることで、独裁国家に対抗していくしかありません。そのためには、国民の意識が重要なのです。